仕事と介護の両立と現在地

①  活動を始めたきっかけ

Q. 今のお仕事を始めたきっかけを教えてください。

2006年から介護の仕事をしています。子どもが小さかった頃は訪問介護のヘルパーとして働き、その後、社会福祉士として老健(介護老人保健施設)で支援相談員を4年、施設ケアマネジャーを10年経験しました。

老健は、在宅復帰を目指す場所であり、在宅と施設を行き来しながら地域で暮らす場所、そして看取りの場でもあります。「家に帰りたい」というご利用者の願いに、スタッフみんなで「どうすれば叶えられるか」とあの手この手で工夫を凝らしていました。

実際に帰宅できたとき、ご利用者が「やっぱり家はええな〜」と呟かれ、ご家族も和やかな笑顔を見せてくださったんです。その光景を見たとき、ハッとしました。在宅復帰をサポートするのは施設の役割だけれど、この人たちが帰りたい「家」での“望む暮らし”とは一体何だろう。それをもっと近くで知り、支えたい、と。

「家に帰る」のその先にある“家での暮らし”そのものを支える側に回りたい――あの言葉とご家族の笑顔が、居宅介護支援の世界へ進む原点となりました。

「やっぱり家はええな〜」── あの言葉と、ご家族の笑顔から、今の現在地があります。

 

母の言葉と、忘れられない遠距離介護の記憶

Q. ご自身の介護のご経験も、大きかったとうかがいました。

私自身、30歳の時に福岡に住む両親の遠距離介護を8年間経験しました。最初は2ヶ月に1回だった往復が、次第に2週間に1回、1週間に1回へと頻度が増していきました。苦労もありましたが、この時の実体験が現在のケアマネジャーとしての仕事に深く息づいています。

ある時、母がこう言ってくれました。

「今、かっちゃんがやってることは、必ず役に立つからね」

当時は恩返しの夢中でやっていましたが、この言葉は今でも私の掛けがえのない宝物です。

その後、母は2011年、父は2014年に他界しました。父は10歳年上でDV(ドメスティックバイオレンス)もあり、苦労させられた人でした。「父が先立つだろうから、母には一人になった後自分の人生を楽しんでほしい」と願っていましたが、そうはならなかった。人生のままならなさ、皮肉さを痛感した出来事でした。

  

介護する人の「精神性」を支えたい

Q. 介護そのものについては、どう感じてこられましたか。

介護は生半可なものではありません。食事や排泄、入浴介助といった直接的なボディケアだけが介護ではないのです。キーパーソンとしての調整、お金の管理、受診同行と医師の説明理解、サービスの手配など、多岐にわたるマネジメントが求められます。

我が家の遠距離介護を支えてくれたのは、駄目元でお願いに行った親戚の叔父夫婦でした。祖母(母の母)の在宅介護をしていた叔父夫婦。「受診の送迎だけでもお願いできないか」と伝えたところ引き受けてくれて、その後は入院時の洗濯や緊急対応まで親身に助けてくれました。あの支えがなければ遠距離介護は成り立たず、感謝は一生忘れられません。

近くで支える人ほど、心も体も病んでしまう。 だからこそ私は、自分が救われたように、介護する人の“精神性”を支える存在でありたいと思っています。

 

②  活動の内容

Q. 現在は、どんな活動をされていますか。

株式会社エクボラボとして、居宅介護支援(ケアマネジャー)、企業向けの「仕事と介護の両立支援」、そして「ヨガインストラクター」の活動を行いつつ、SNSや音声配信で発信をしています。一見バラバラに見えるかもしれませんが、根底にある願いはすべて同じです。

・ケアマネジャーは、その方らしい望む暮らしを送るために。
・仕事と介護の両立支援は、介護を理由に仕事・キャリアをあきらめないために。
・ヨガは、呼吸をととのえ、自分自身を大切にするために。
・SNS・音声配信は、一歩踏み出す勇気を届けるために。

介護は距離が近い人ほど疲弊します。施設への入所に申し訳なさを感じるご家族は多いですが、環境が変わることで高齢者ご本人の表情が明るくなり、新たな社会で元気に過ごされる姿もたくさん見てきました。

良かれと思って始めた介護も、思い通りにいかなくなるのが当たり前です。大切なのは、当事者の尊厳を守りつつ、介護する側が一人で抱え込みすぎないこと。そのための「介護に対するマインド(精神性)」を整えるお手伝いを重視しています。

 

「良かれと思った裏目」が思わぬ扉を開ける

Q. ご自身も、うまくいかなかった経験はありますか。

たくさんありますよ。その中でも、母が膵臓がんの手術を受ける際、父の寝タバコ(火の不始末)を心配した母のために、父を大阪の我が家に呼び寄せたことがありました。

しかし、私の努力も虚しく、3ヶ月の予定がわずか3週間で破綻。「ここは牢屋か!」と言い放つ父に、私もショックと疲労で「じゃあ帰れば」と。

ところが面白いもので、その一件を機に「二度と娘の家に行きたくない」と思った父は、それまで毛嫌いしていたヘルパーさんを受け入れ、上手に暮らせるようになったのです。良かれと思ったことが裏目に出ても、それが結果的に本人の自立や新しい暮らしの扉を開くこともある。 介護とは、そうした不思議な側面を持っています。

 

実体験から生まれた両立支援

Q. 「両立支援」に携わるようになった経緯は。

私自身、当時は「仕事を辞めて福岡に帰り、母に寄り添いたい」という強い葛藤がありました。しかし、子どもの大学までの教育資金や将来を考えると「退職」という選択肢はあり得ませんでした。自分の感情だけで動いてはいけないと、必死に両立の道を模索した経験があります。

その後、主任ケアマネジャーの研修の最終日に「ケアマネジャーによる仕事と介護の両立支援」についてお聞きし、「私が届けたいものはこれだ!」と確信しました。それから、産業ケアマネ、ワークサポートケアマネジャーの資格を取得。2024年から「仕事と介護の両立支援プランナー」としての活動し、企業向けに制度の知識や仕事と介護を支えるマインドの伝え手として伴走支援を行っています。

自分が経験したことを、これから経験する人に届けたい。決して仕事を辞めなくていい、ちゃんと両立の道があるんだ、と。

 

「手放していい」――ヨガが教えてくれた心と体の整え方

Q. ヨガは、どうつながっているのですか。

心身ともに疲れ切っていた頃に出会ったのがヨガでした。インストラクターの「湧き上がる思考を脇に置いて、手放していい」という心地よいガイドに、深く救われたんです。

自分自身が“手放すこと”に救われた体験は大きなものでした。ヨガもまた、心と体の精神性を支える貴重な手段の一つとなっています。

 

③  今後の展開

一人じゃない。チームとテクノロジーで拓く未来

Q. 会社を始められました。今後の展開はどのようにお考えですか。

現時点では、ケアマネジメント、両立支援、ヨガ、地域貢献の質を高めていくことを大切にしたいと考えています。私の仕事は一人の力だけでなく、多様な専門職とのチームやネットワークで成り立っており、それが大きな強みです。また、業務効率化のためにAIなどのテクノロジーも柔軟に活用しながら、持続可能な支援体制を作っていきたいです。

 

Q. これから、どんなことをやっていきたいですか。

「相談援助職」という太い軸を持ち続けることです。中学生の頃、もがいていた私の話を聞き、「ありのままでいいんじゃないの?」と寄り添ってくれた先生の言葉に救われた経験が、私の原点です。「寄り添う」とは、こういうことだと、今でもふと思い出します。介護に悩む人にとって、共に考えてくれる安心できる存在でありたいと思っています。

また、上司から教わった「共揺れ」という言葉を大切にしています。

「共揺れ」――安易な答えを渡すのではなく、悩みや不安に共に揺れながら考えていくこと。

介護に正しい答えや完全な正解はありません。後悔が浮かんでは沈むようなプロセスの中で、共に揺れ、寄り添ってくれる人がいることこそが救いになると信じています。

「ありのままでいいんじゃないの?」── ただ話を聞いてくれた先生の言葉に、私は救われました。

 

④  活動を始めたいと思っている女性たちへエール

ネガティブ・ケイパビリティ――「答えを急ぎすぎない勇気」

Q. これから一歩を踏み出そうとしている女性に、伝えたいことは。

感情のままに動かず、俯瞰して「歩み寄れる方法は何か」を考える大切さを、私は介護や仕事を通じて学びました。職場での対立も、お互いが「良くしたい」と思っているからこそ起こるもの。視点を切り替えることで、乗り越えられる強さが育ちます。

一番伝えたいのは、「答えを急ぎすぎない勇気(ネガティブ・ケイパビリティ)」です。焦って答えを出そうとせず、感情を手放したり整理したりしながら時を待つことで、必ず良い変化や未来が見えてきます。

答えを急ぎすぎない勇気 ── ネガティブ・ケイパビリティを、大事にしてほしいです。

 

Q. ご自身を大切にする、ということについては。

特に女性は、仕事、子ども、家庭、親など、ベクトルが外に向かいがちです。だからこそ、一日の中で「自分自身に向ける時間」を意識的に作ってほしいと思います。

私にとってはそれが朝のヨガであり、2011年から毎日続けている「両親の写真に手を合わせる時間」です。両親の写真に向き合うことで心が整い、「見守られているから大丈夫」と思える軸が作られます。

完璧に準備が整ってから始める必要はありません。私も一つひとつ手探りで学びながら歩んできました。どうか自分を後回しにせず、心と身体と向き合う時間を大切にしてください。

 

外に向いている矢印を、自分に向ける時間を。完璧に整ってから始めなくていい。私も、一つずつ歩みをすすめてここまで来たので。

見守ってくれているから、頑張れる。2011年から、毎日続けています。

 

最後に

「女性は45歳から花開く」

と恩師からいただいた言葉です。

これからの未来、明るいものになることを応援しております。

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